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大阪地方裁判所 昭和39年(ヨ)3880号 決定 1965年10月29日

申請人 森本真一郎

被申請人 株式会社大阪空気製作所

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

申請人は、「申請人が被申請人に対し被傭者としての地位を有することを仮に定める。」との裁判を求め、その理由の要旨は、

「一、申請人は昭和三九年八月四日までに被申請会社との間に、(1)職務内容=経営分析、管理会計を中心とする統計事務、(2)賃金=基本給二五、〇〇〇円、諸手当二、五〇〇円、通勤手当九〇〇円、(3)労働時間=始業午前八時三〇分、終業午後五時三〇分、昼休憩正午から三〇分、終業から残業開始までの間に休憩なし、(4)入社日=同月五日、試用期間は入社日から二ケ月間等を主な内容とする労働契約を締結した。

二、被申請会社は、同年一〇月三一日申請人に対し『業務上の都合により予告手当を支払つて解雇する』との意思表示をなしたが、右解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(一)、被申請会社は、右解雇に際し解雇予告手当金につき、弁済の提供を債務の本旨に従つて現実にこれをなしていないから、右解雇の意思表示は労働基準法第二〇条に違反し、無効である。

(二)、申請人は、被申請会社の休憩時間が労働基準法第三四条に違反していたので、社内懇談会の席上会社に対し、休憩時間を同法の規定どおり改正、施行すべきであると発言したが、容れられず、自分自身は入社日以来解雇される日まで、しばしば労働基準法どおりの昼休憩時間をとつていた。

ところが、被申請会社の阪本経理係長と吉川総務部員の両名が申請人に対し昼の休憩を三〇分に限るよう強要し、殊に昭和三九年一〇月一四日ないし一六日にそれが顕著になつたので、申請人は同月一六日、浪速港労働基準監督署の係官に被申請会社の代表取締役鈴木篤と右阪本係長、吉川部員の三名を労働基準法第三四条違反で告訴し、同時に同法第一〇四条所定の行政手続としてその事実を申告した。

しかるに、被申請会社は同月二〇日、申請人に営業部への即時配置転換を言渡し、申請人の座席を経理分室から営業部に移転させたほか、同日以降営業部業務課長佐薙某の指揮をうけ、同部の中村ナル子の業務、帳簿を引継ぐこと等を要求した。しかし右配置転換は、経理マンとして完成しようとする申請人にその機会を奪い、営業部での職務内容が単純、反覆的であつて、肉体的労働を強要される虞れもある点で、申請人にとつて不利益な処分であり、申請人はこれが労働基準監督官への告訴に対する報復並びに懲戒的意味をもつ疑いが濃厚であると判断し、会社の右新業務命令を拒否した。そして申請人は、同日以降被申請会社との間に紛争解決の処理方策を種々講じたが、被申請会社がこれを放置したので、同月二九日再び浪速港労働基準監督署の係官に、前記鈴木篤、被申請会社の梶本経理部長、中村営業部長、須田総務部長、阪本経理係長、吉川部員の合計六名に労働基準法第一〇四条第二項、第三条等違反の事実がある旨申告した。

本件解雇は、この二回目の申告の直後行なわれたもので、右労働基準監督官への申告を理由とする不利益な取扱い(労働基準法第一〇四条第二項違反)であり、もし申請人が配置転換を拒否したことを理由とするのであれば、右経過に明らかなとおり、被申請会社の配置転換そのものが、申請人の労働基準監督官への告発に対する報復的意味の不利益処分であり、申請人にはかかる配置転換に応ずべき義務がない。

又本件解雇は、被申請会社に労働基準法の正しい適用実現に努力する義務がある旨強く要求し妥協しなかつた、申請人の思想、信条を理由とする処分であり、労働基準法第三条に違反し、被申請会社が理由さえ明らかにせず一方的に配置転換を強行した点は、労働基準法第二条第一項、同法第一五条第一項に違反するので、解雇が配置転換を拒んだことを理由とする場合は、この点からも解雇は違法である。

三、申請人は、被申請人からうける賃金によつて生活を維持しており、早急に裁判所の救済措置をうけないと、生活資金面において回復し難い破局に陥るので、本件仮処分申請に及んだ。」というのである。

本件疏明資料並びに当事者等審尋の結果によると、被申請会社は一〇〇数名の従業員(営業関係三〇数名、工場関係七〇数名)をもち、空気機器等の製造販売を業とする会社であること、申請人は昭和三五年頃来阪し、被申請会社には新聞広告の募集に応じて、昭和三九年八月五日から雇傭され、二ケ月間の試用期間を経て同年一〇月五日以降本採用になつたこと、当時申請人は前に何ケ月か勤務した他の会社を解雇され、その会社との間で解雇の効力を争つていたが、被申請会社にはその事実を秘していたこと、申請人は入社後阪本経理係長と同室に座席を定められ、同人の下で仕訳日計表の作成、買掛金の整理(各勘定科目中戻し品の内訳整理)等の仕事を与えられたが、その勤務振りは入社の当初から遅刻が多く、周囲との協調性に欠け、又仕事の出来具合も不良であつたこと、被申請会社は当時、終業時間を早くしたいという従業員の要望もあつて、就業規則第一三条(始業終業時間)の但書「但し業務の都合、季節及び交通事情等により前項の時刻を変更することがある」との規定を適用し、労働時間を午前八時三〇分から午後五時まで、昼休憩を正午一二時から三〇分とし、終業後残業開始までに休憩を与えていなかつた(これは労働基準法第三四条第一項「使用者は労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」との規定に違反する。)こと、申請人は、同年九月八日社内懇談会の席上、「昼休みに外食をしている者にとつて、昼の休憩時間が三〇分では不足するから、休憩時間を延長して貰いたい」旨発言し、その際認められはしなかつたが、自分自身は右労働基準法の解釈として、しばしば正午から零時四五分ないし一時過ぎ頃までも昼の休憩をとつていたこと、阪本係長は申請人に対し昼休憩時間の超過についても度々注意していたが、偶々同年一〇月一五日午後一時過ぎに帰社した申請人に注意した際、申請人と口論になり、申請人は翌一六日遅刻して午前九時四〇分過ぎに出勤するや、阪本係長に対し「昨日の件を撤回するか。」と威嚇的に詰寄り、これをたしなめた隣室の吉川総務部員とも口論したあげく、そのまま退社して浪速港労働基準監督署に赴き、被申請会社の代表取締役と右阪本係長、吉川部員の三名を労働基準法第三四条違反の罪で告訴したこと、被申請会社では同監督署からの連絡で即日労働時間、休憩時間を就業規則の原則どおりの時間に訂正して社内に告示し、労働基準法違反の状態を解消したこと、被申請会社はその後阪本係長の具申に基づき申請人を営業部業務課に配置換えすることにし、同月二〇日その旨を申請人に伝えると共に、申請人の座席を営業部の大部屋に移動させたこと、申請人はその当日営業部の佐薙業務課長から、課員の中村ナル子の営業用帳簿を引き継ぐことを命ぜられ、営業部の職務内容等について約三〇分位の間説明をうけたが、仕事が単純で、且つ場合によつて荷造り、集金等の肉体労働も含まれることがあり、会計学の研究という自己の目的に合致しないことなどを理由に、新しい仕事に就くことを拒んだこと、その後申請人は出勤しながら就業せず、阪本係長、吉川部員、須田総務部長等に自己の申入れにかかる諸事項について文書による回答を要求した主として会社宛の書面等を手交し、同月二一日以降三一日までの間被申請会社の代表取締役鈴木篤宛に、その都度申請人が右回答等を入手していない事実を通知する、特異な体裁の内容証明郵便を起草し発送していたが、会社側の応答がなかつたため、同月二九日再び浪速港労働基準監督署の係官に、前記配置換えに関し被申請会社の代表取締役鈴木篤、須田総務部長、中村営業部長、梶本経理部長、佐薙業務課長、阪本係長、吉川部員の六名に労働基準法違反の事実がある旨申告したこと、一方被申請会社ではこれ以上申請人の雇傭を続けることは会社業務の円滑な運営上支障になるとして、申請人の普通解雇を決定し、同月三一日須田総務部長が申請人に対し「業務上の都合により予告手当金二五、一七〇円を支払つて解雇する」と記載した通知書を手渡して解雇の意思表示をなし、その後同年一一月五日と同月一六日に、同年一〇月二五日以降解雇日までの未払賃金として金六、四〇九円と、解雇予告手当金として金二六、九七〇円をそれぞれ弁済供託したこと、申請人は被申請会社の解雇通知に対し、即座に解雇を承認しない意思を表明したが、本件仮処分申請と前後して大阪簡易裁判所に労働基準法第一一四条による解雇予告手当金と同額の附加金の支払を求める訴を提起し、なおその後被申請会社の前記各弁済供託金の還付をうけたが、右附加金請求の訴はこれを維持していることの各事実が疏明される。

そこで先ず、本件解雇が労働基準法第二〇条に違反し無効であるとの主張についてであるが、右事実によると、被申請会社は解雇の意思表示と共に解雇予告手当金として一定の金員を支払うことを明らかにし、当時少くとも口頭の提供をなしており、もしその際現実にその金員の提供をなさなかつたとすれば、それは申請人が即座に解雇を承認しない態度を表明したため、その必要がなかつた(というのは、解雇を承認しない以上、解雇予告手当金の提供をうけてその趣旨で受領することは、通常あり得ない)からであると思料される。そして被申請会社は、その後左程遅れないうちに、三〇日分の平均賃金に相当する額として金二六、九七〇円を弁済供託し、申請人においても現在その還付をうけているのであるから、右口頭の提供とその後の弁済供託とによつて、被申請会社は一応労働基準法第二〇条に規定する解雇予告手続を履践したということができる。

次に、労働基準法第一〇四条、第三条、第二条第一項、第一五条第一項等各違反の主張について検討するに、申請人の営業部への配置換え並びにその後の本件解雇は、いずれも申請人が労働基準監督署の係官に告訴及び申告をした日と接着して行なわれており、申請人の告訴及び申告を理由とする処分であるとみられるふしがないではない。

しかし、被申請会社が行なつていた休憩時間は、終業時間を早くしたいという従業員の希望もあつて、従来便宜行なつていた措置であり、これを法規に合致するよう是正することが被申請会社によつて左程苦痛であつたとは思われないし、このことに申請人の平素の勤務態度、申請人が実際に労働基準監督署の係官に告訴するに至つた経緯等を考え併せると、前記申請人の配置換えは、申請人の告訴がその契機になつたことは否めないが、真の実質的理由としては、むしろ申請人と阪本係長、吉川部員等との間の口論やその後に生じた感情的対立が原因したと考えることができ、被申請会社においてはそれが同人等の事後の執務に影響することを慮り、申請人の仕事の実績があがらなかつたこともあつて、申請人を営業部に転出させる結果になつたと認めるのが相当である。

しかも労働基準法第三四条は、使用者に対し労働時間の長さに応じて一定の休憩時間を労働時間の途中において与えなければならないことを規定しているに止どまり、具体的な個々の労働契約の休憩時間を定めたものではないから、被申請会社の休憩時間が同法に違反している場合、申請人としては使用者をしてこれを是正させるべきであり、それ以前に、自分だけが独自に適当な時期に適当な長さの休憩をとることは許されないというべく、この点からすれば阪本係長の申請人に対する要求もあながち不当とはいえない。

又申請人は、営業部への配置換えが不利益な処分であり、申請人にかかる配置換えを承認しなければならない義務がない旨主張するが、被申請会社の就業規則第四五条には、会社は定期に又は業務上の必要に応じ従業員に勤務替えを行なう旨定められており、被申請会社と申請人との間の労働契約で、被申請会社が業務上の必要から或る範囲の勤務換えを行なうことは、当然予定されていたと解さねばならない。

そして、申請人に与えられた営業部での担当職務は営業用帳簿の記帳や統計事務を主とする事務職であつて、従前与えられていた程度の経理事務からの適応は容易であり、荷造り等の作業も不足なため当時場合によつて手伝を要請されることがあつたというのに過ぎないのであるから、新旧両職務の比較だけで右配置換えが不利益取扱いであるとは決し難いし、被申請会社に業務上の必要がある限り、それが申請人の個人的、主観的な目的に副わないからといつて、その故に右配置換えを不利益な処分であるということはできない。なお申請人は、右配置換えに際し被申請会社に労働基準法第二条第一項、第一五条第一項に違反する事実があつた旨主張するが、本件全疏明資料によるも、被申請会社にそのような事実があつたと認めるにつき疏明が十分でない。

そうだとすれば、申請人の営業部への配置換えは、申請人の告訴事件が契機とはなつているが、実は被申請会社の業務上の必要に基づいた適法な措置であるということができ、その後申請人が右配置換えを拒み、最後まで営業部での新しい仕事に就こうとしなかつたことも、正当な行為と評価することはできない。従つて、以上に説明したような事情のもとでは、本件解雇の直接且つ実質的な理由はやはり申請人が右配置換えを拒み、新職務に就こうとしなかつたことにあると認めるべきであり(被申請会社は本件解雇に際して解雇の理由を単に「業務上の都合により」と表現しているが、申請人の右のような所為は、普通解雇を定めた被申請会社の就業規則第五〇条が解雇事由として第一号「労働能率が著しく不良であつて、他の職場に転換することが不能のとき」第五号「業務上の都合によりやむを得ない事由のあるとき」を列挙したのをうけて、第六号「その他前各号に準ずるやむを得ない事由のあるとき」と規定としているから、少くとも右第六号に該当すると考えられる)、本件解雇若しくはその前の配置換えが労働基準法第一〇四条、第三条その他の条項に違反する旨の主張は、いずれも採用することができない。

以上により、本件仮処分申請は被保全権利についての疏明がないことに帰し、保証をたてさせて疏明を補わせるのは相当でないからこれを却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宮崎福二 田中貞和 梶田寿雄)

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